ちょっといい話 10                                                                              hyoushilogo2.gif (1530 バイト)lleand

 

181.「星の歌人」

このところ夕食時、西の窓から金星が顔を覗かせています。

古来、日本では雪月花を歌ったものは多かったですが、星空の美しさを詠んだ

短歌はほとんどなかったそうです。

「建礼門院右京大夫集」に、右京大夫は書いています。

「文治元年12月31日ごろの夜更けに、大きな星がたくさん見え、それが空に

むらなく輝き、薄藍色に金箔を散らしたようであった。今までは月を見て物思いに

ふけったものだが、星の夜がこんな情趣の深いものだと今夜はじめて知りました」

<月をこそながめ馴れしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる>

これが日本最初の星空賛美の歌だそうで、右京大夫は「星の歌人」とか

「星夜賛美の歌人」と言われています。

 文治元年12月1日は西暦1185年12月31日だから、この日の東の空を

天文シミュレータで見てみると、確かにアルクトゥールス、木星、土星、スピカが

煌々と瞬いていて絢爛豪華です。

右京大夫は建礼門院徳子(平清盛の娘)に女房として仕え、平資盛(平清盛の孫)と

恋仲になり、平家の栄華と没落のすべてを目のあたりにした女性です。

徳子も資盛も壇ノ浦に身を投げますが、徳子は義経の郎党によって海から引き上げられ、

尼となり、亡くなるまで京都の寂光院で過ごしました。寂光院の西側に右京大夫の墓があります。

182.「TVのパパとお話」

この子の父親は軍の仕事で家を離れました。

父親があらかじめ録画しておいたビデオを娘は毎日見て、

話しかけ、キスをします。ビデオを見ているちょうどその時、ネコが

いたずらをして音をたてます。その「おバカな子ネコ」のことをを一生懸命

父親に報告しています。ちょっと胸が痛くなりますね。

183.「戦争の恐怖」

AP通信のベトナム人カメラマン、フィン・コン・ウトが撮影し、『戦争の恐怖』と

題されピューリッツァー賞を受賞した有名な写真です。

当時9歳のファン・ティー・キム・フックさんは服をナパーム弾で焼かれ、火傷をし

逃げ惑っていました。この後入院し何度も手術をし、一命を取りとめたのでした。

彼女はその後ベトナム人と結婚し、二児の母親となり今はカナダに住んでいます。

184.「ある生徒」 とどさん

185.「父がアフガンから帰ってきた」

186.「カラハリの狩人」

187.「イラクからのサンタ」

188.「ラーメン店で」 ネットで拾った話〜TODOさん

この間ラーメン屋で30分待ちで並んでいた時のこと

前にいたオバサンが携帯でなにやらゴソゴソ話をしていた。

別に聞く気は無かったのだが、どうも買い物している友人に

今からラーメン食べるところだからこいという

ことらしい。

それから20分位経って俺の番まで後5人位になったとき

オバサンの友人が二人現れ、こっちっこっちと呼ぶオバサンの後ろ私の前へ

何のためらいも無く割り込んできた。

あまりのずうずうしさに唖然としたが、どうにも腹の虫が収まらず

「非常識でしょう、割り込みは」と文句を言ったら

「最初から彼女たちの分も取っていたんです」と並んでいたオバサンに平然と

言い返された。それを見ていたオバサンの前に並んでいた20才位の学生さん

らしき彼が 私を始めその後ろに並んでいた145人に向かって一言

「いやー久しぶりです 皆さんの分取っておきましたから私の後ろへどうぞ」

それを聞いてオバサン達は「なんて白々しいことをするの」と学生さんに言ったら

後ろにいたリーマンが「そりゃあんたたちのことでしょ」で一同拍手

騒ぎを聞きつけたバイト君がオバサン達に決めの一言

「三人とも後ろへ並んでいただくか帰っていただくか決めてください」

オバサンたちはブツクサ文句を言いながら帰っていった。

残った皆は学生さんとバイト君に感謝の言葉を送った。

スカッとしましたか?

 

 

 

 



 

 

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